癒し手独神と英傑達 アシヤドウマン編1





最近、琉生の体調は思わしくなかった。

討伐に出て記憶が消えるたびに、体が怠くなる。

気付くときはいつも布団の上、けれど疲労感が取れていない。

最近は花壇の手入れも億劫になってしまって、縁側でぼんやりとしていた。



何もやる気が起きないでいると、ふわりと水色の人魂のようなものが飛んでくる。

かわいらしい顔つきの式神が、心配するように琉生の周りを回った。

「ん・・・遊んでほしいのか?」

琉生が式神に手を近づけると、短い手がきゅっと指を掴む。

小動物が甘えてきているような動作に、琉生は微かに微笑んだ。



そうやってじゃれついていると、今度はアシヤドウマンが乗っている猪のような式神もやって来た。

のそのそと歩いて隣に来て、身を寄せてくる。

「何だ、構ってほしいのか?」

琉生が式神の背を撫でると、そこじゃないと言うように仰向けに寝転がる。

無防備になった腹を撫でると、くすぐったそうに短い手足をぱたぱたと動かしていた。

まるで本当の動物を見ているようで、また頬が緩む。





「主人、楽しそうだな」

今度は、その式神の主が歩み寄る。

小さい幽霊はアシヤドウマンの方へ飛び、周りを旋回した。

「動物と触れ合ってるみたいで、安心するんだ」

微かに微笑んでいる琉生を見て、アシヤドウマンはふいに猪型の式神を消してしまう。

その代わり、隣に自分が座った。



「どうだ主人、オレとも触れ合ってみるか?」

「え」

琉生が思わず身を引くと、その分アシヤドウマンが迫る。

「動物より、もっと癒やしてやれるぞ?まあ、それは別種の感覚になると思うが」

「え、遠慮する・・・」

間近に迫られ、琉生は視線を合わせられず下の方へ向ける。

けれど、大きく開いた素肌があって目のやり場に困った。

顔を背けていると、アシヤドウマンはすっと身を引いた。



「まあ、疲れたのならオレに言え。精神的な癒しの術式も知っているからな」

「あ・・・ありがとう」

普通にしていると、まるで世話焼きの兄のように思える。

露出が多く、迫られると戸惑ってしまうけれど

式神の可愛らしさもあって、警戒心は薄れていた。



「主様!大変でございます、近隣の町で悪霊の大群が!」

突然、カァ君がどこからか飛んできて声高に叫ぶ。

「わかった、アシヤドウマンも来てくれ」

「主人も行くのか」

「大群だし、一人でも多い方が良い。どうせ記憶が飛んでる間に終わるから」

疲労感はまた増えてしまうけれど、社で一人待っているのも歯がゆい。



「カァ君、マサカドサマとイツマデを呼んでほしい」

「はい、かしこまり・・・」

カァ飛び立とうとしたところで、アシヤドウマンはカァ君の足を掴んで止める。



「低級の悪霊など、オレ一人でも十分だ」

「し、しかし、護衛は多い方が」

「・・・アシヤドウマンがその方が良いって言うんなら、そうしよう」

自信家の言葉を信じ、琉生はアシヤドウマンと共に外へ向かって行った。





村にはすでに黒い瘴気が立ち込めていて、悪霊が多くいることがすぐわかる。

敵の気配を感じ、村からはわらわらと数種類の黒い鎧が歩いて来ていた。

「これで、血溜まりを見れば気絶できる」

「いや、その必要はない」

アシヤドウマンがさっと手をかざすと、猪と小さな幽霊の式神が琉生の傍についた。



「オレを信用して任せてくれたんだ、主人くらい守れなくてはな」

幽霊は琉生の肩に乗り、猪はすぐ隣に寄り添う。

可愛らしい式神を見て、大丈夫だろうかと多少不安を抱く。

いざとなれば自分の手でも切って気絶すればいいと、アシヤドウマンに任せることにした。





アシヤドウマンは得意の呪術で、悪霊を鎧ごと燃やし尽くす。

悪霊は次々と消し炭になり、血は出ない。

疲れている様子を見て、気絶させまいと気遣ってくれているのだと感じる。

だが、悪霊はわらわらと湧いてきて、アシヤドウマンもやや余裕がなくなる。

そこへ、攻撃を逃れた悪霊が琉生の元へ駆けた。



気絶しない限り、琉生は戦う術を持たない。

気を失わない内に殺されるのが一番まずいが、とっさに猪が突進して行った。

猪突猛進の丸い体が、悪霊に思い切りぶつかりる。

けれど、頑丈な鎧には効果が薄いようでバランスを崩しただけだ。

血が出ないのは良いけれど、倒せなければ式神が貫かれてしまう。



愛らしい式神に殺傷能力はないのかと思ったが

猪型の式神が、大きく口を開け牙を露わにする。

そして、大の大人ほどの背丈の悪霊を一口で飲み込んでしまった。

どこにそんな質量のものが入るのかと、琉生は呆気にとられる。

式神は悪霊に突進しては飲み込み、どんどん食らっていく。

小さい幽霊は、悪霊が近づくととたんに膨張し、相手を取り込んでしまう。

愛らしい見た目はそのままで討伐するものだから、恐怖心はまるで生まれなかった。





式神の活躍もあり、悪霊の気配がなくなる。

血の匂いは全くせず、残るのは鎧の消し炭だけだった。

安全になり、琉生はアシヤドウマンに駆け寄る。

「アシヤドウマン、お疲れ様。式神たちも」

猪型の式神を撫でると、満足したように大きくげっぷをした。



「ほら、オレと式神が居ればわざわざ主人が出る幕はないだろう」

安全な所に居てもいいのだと、遠回しに言われている気がする。

けれど、ただ指を咥えて待っているのはどことなく申し訳なくて

社にいるだけでは、まるで自分が役立たずになった気がしてしまう。

力があるのだから使わなければ罰が当たると、そう思っていた。



「でも、アシヤドウマンが疲れてるみたいだ。今日はもう帰って休もう」

見た目は余裕の表情をしているが、悪霊を退治した数は一番多いはず。

自分の代わりに疲弊させてしまったようで、どことなく申し訳なかった。









社に帰った頃には、もう辺りは薄暗くなっていた。

ひとまず縁側に腰掛け、休憩する。

「今日は、アシヤドウマンのお陰で楽させてもらったよ。ありがとう」

「あんな雑魚、オレにかかれば一捻りだ」

そうは言っても、口調はどことなく気怠さがあるようだ。

無理してくれたのだと思うと、とたんに報いたくなる。

琉生は、ふいにアシヤドウマンの頬に手を当てた。



「主人・・・?」

琉生は目を閉じ、集中する。

琉生の手には淡い光が灯り、頬へ移っていく。

心地よい温かみが伝わり、アシヤドウマンは目を細めていた。



数分ほどで、琉生は手を離す。

「気遣ってくれたお礼に、僕がアシヤドウマンを癒やすよ」

「・・・じゃあ、今夜にでもオレの部屋に来てくれるか」

琉生は特に深く考えず、こくりと頷く。

アシヤドウマンが考えている癒しの意味なんて、知る由もなかった。